遺跡の紹介

  • 史跡物集女城

史跡物集女城(もずめじょうあと) 

物集女町中条

御所海道の交差点南西の扇状地縁辺付近に位置する中世の城館跡です。在地土豪、物集女(もずめ)氏が15世紀後半に築造しました。物集女氏は信長の時代、勝龍寺城(長岡京市)に入城した細川藤孝と対立し、元亀(げんき)2(1571)年、信長より城破却を命ぜられます。天正3年(1575)年、物集女忠重宗入(ただしげそうにゅう)が細川藤孝に討ち取られ、廃城となりました。

城館の規模は、堀も含めた全体で75m四方、5625㎡、主郭は土塁内法で東西35~45m、南北45m、総面積2000㎡、方形単(たん)郭(かく)式の城館です。発掘調査により、城館の周囲に土塁と堀がめぐらされていたことがわかりました。土塁は高さ約2m以上、堀は幅約13m、深さ約2.4mあり、堀を掘った土を積んで造られていました。城館内部の構造は不明ですが、周囲にも郭(くるわ)を設け、家臣団の屋敷をおいたとみられています。現在、物集女集落の中心、小字「中条(なかじょう)」に土塁と堀が残っています。

城の西側に整備された物集女城公園から西堀をみることができます。

[文献]
中島至「京都府の城」『日本城郭全集』8 1967年
『向日市史』上巻・下巻 向日市 1983・1985年
山口均「物集女城の研究ー土塁構築プロセスと比較研究-」『立命館大学考古学論集』Ⅱ 立命館大学考古学論集刊行会 2001年
『京都乙訓・西岡の戦国時代と物集女氏』図書出版文理閣 2005年
『物集女氏と物集女城』向日市教育委員会・(財)向日市埋蔵文化財センター 2005年
『向日市埋蔵文化財調査報告書』第125集 物集女城跡総合調査報告書 2023年

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