- 官衙跡
中福知遺跡(なかふくちいせき)
~山城国府跡とみられている遺跡~ 上植野町中福知・西大田・持丸(もちまる)・妙峠(みょうとうげ)・桑原・樋爪(ひづめ)・北淀井・南淀井・落堀・車返・大門・伴田
府立向陽高校周辺の扇状地に位置する平安時代前期の役所、平安時代後期~鎌倉時代の集落跡です。1974~1975(昭和49~50)年にかけて行った向陽高校建設前の発掘調査(左京第2・4次地点)で、平安~鎌倉時代の土壙、掘立柱建物が検出されたことが発見の契機です。平安時代前期では小字車返・池尻で瓦葺きの礎石建物が確認され、官(かん)衙(が)の中心建物と推定されました。軒瓦は主に平安宮豊(ぶ)楽(らく)院(いん)に瓦を供給した西賀茂瓦窯産で、中央官衙系のものが使用されているので「長岡京南に国府を遷す」と記される山城国府跡とする見解もあります。鎌倉時代(13世紀)には旧小畑川の北岸の氾濫原上に集落が構えられました。長岡京廃都後の土地利用を知ることができる重要な遺跡のひとつです。
『埋蔵文化財調査概報』1974年・1975年 京都府教育委員会
『京都府遺跡調査概報』43冊・69冊 (財)京都府埋蔵文化財調査研究センター